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選定委員について一言
専門委員は、市民で補えない技術性や専門性を市外者の専門委員に調査・研究をお願いし、政策形成の参考にすることを目的としている。調査事項を特定し、2名程度の委員にお願いするのが法の趣旨ではないでしょうか。すべてが市外委員で「委員会」とも取れる審議の様子が、医師会や議会などの不安の根底にあるのではないでしょうか。
市長は、専門委員の答申に沿って建設を進めることを議会の席上で発言しているが、常軌を失した異常性を感じる。市長の頭の中には、政策形成の参考にするというより、何かある目的遂行のために強引に政策の丸投げをしているとも取れてしまう。
さて、医師会や議会から疑問が投げられている実施設計選定委員会委員の委嘱については、批判があって当然ではないでしょうか。選定委員は、専門委員と違い業者を選定すると言う問題であり、行政権力の執行に深く結び付いている。市民による市民のための政治を基本とした住民自治から大きく掛け離れている。
医師会や議会は、地方自治とは何かを市長に考えていただきたいと思っているのではないでしょうか。市長の一連の行動は、市民を信頼していない思考が前提にあり、やがては市民の信頼を失う恐れがあると感じる。
市長は、専門委員の答申に沿って建設を進めることを議会の席上で発言しているが、常軌を失した異常性を感じる。市長の頭の中には、政策形成の参考にするというより、何かある目的遂行のために強引に政策の丸投げをしているとも取れてしまう。
さて、医師会や議会から疑問が投げられている実施設計選定委員会委員の委嘱については、批判があって当然ではないでしょうか。選定委員は、専門委員と違い業者を選定すると言う問題であり、行政権力の執行に深く結び付いている。市民による市民のための政治を基本とした住民自治から大きく掛け離れている。
医師会や議会は、地方自治とは何かを市長に考えていただきたいと思っているのではないでしょうか。市長の一連の行動は、市民を信頼していない思考が前提にあり、やがては市民の信頼を失う恐れがあると感じる。
土いじり
今年に入って2回目の耕作です。私の場合は、農業と言うより土いじりです。先週は、春キャベツを10本植え、今日は、大根、かぶ、春菜を植えてみました。これから4月にかけては、球根類のジャガイモ、里いも、八つ頭、生姜などを植える予定です。土いじりは正直で、手をかければ響くように返ってきます。今の社会の在りようとは、何とも違う感じがします。ウキウキしますね。
袋入りの種を先週買ってきたのですが種の量と面積が合わず、いつも無駄が生じています。そんなことから面積を少し増やそうと思い牛糞と土をスコップで交互に混ぜ、4トン車1台分の牛糞がなくなりました。その後、小さな耕運機で耕しましたが、体がなまっているせいか、腰が痛くてなりません。明日は、温泉でしょうか。
袋入りの種を先週買ってきたのですが種の量と面積が合わず、いつも無駄が生じています。そんなことから面積を少し増やそうと思い牛糞と土をスコップで交互に混ぜ、4トン車1台分の牛糞がなくなりました。その後、小さな耕運機で耕しましたが、体がなまっているせいか、腰が痛くてなりません。明日は、温泉でしょうか。
公論
法令では判断できない分野の判断を利用者の立場に立って的確に行うことの重要性が、今日重要になっている。トヨタのリコール問題も法令基準の説明だけでは、アメリカ議会を納得させるには厳しいことが見て取れる。そこには、意志決定における現場参加の位置づけが、システムとしてどうなっていたのか問われているようにも感じています。
上野原市では、看護師・助産師不足を解消するため月20万円30人分の基金を創設することを発表した。市では、月2万円の上野原市看護師等修学資金貸与条例が設置されており、この条例との関連などは明確にされていないようです。
こうした制度を創設する場合、現場の声を反映することが必要と感じます。看護師不足の背景には、夜勤など過酷な労働と待遇があり、子育てなど環境面の遅れが大きな問題となっています。夜勤をすることによって子育てに大きな支障があることは明らかで保健師の問題と重ね合わせて考えますと資金貸与で片がつく問題ではないと思われます。
全国の自治体の中には、看護師の修学資金を10数万円で実施しているところも見受けられるが、看護師不足は続いている状況です。高齢化に伴い看護師の需要は高まるばかりであり、勤務形態など柔軟な対応が必要ですし、包括医療を含めて市や病院の魅力も大事ではないでしょうか。看護師の知恵を借り、看護学校との協議も有効ですし、市民を含めて看護の重要性について議論することも必要と感じています。急がずじっくり議論し意識啓発したいものです。
さて、昨日からの雪、我が家の庭先では21センチ積もりました。キャベツの苗をいただいたのですが、1週間は無理かも。
上野原市では、看護師・助産師不足を解消するため月20万円30人分の基金を創設することを発表した。市では、月2万円の上野原市看護師等修学資金貸与条例が設置されており、この条例との関連などは明確にされていないようです。
こうした制度を創設する場合、現場の声を反映することが必要と感じます。看護師不足の背景には、夜勤など過酷な労働と待遇があり、子育てなど環境面の遅れが大きな問題となっています。夜勤をすることによって子育てに大きな支障があることは明らかで保健師の問題と重ね合わせて考えますと資金貸与で片がつく問題ではないと思われます。
全国の自治体の中には、看護師の修学資金を10数万円で実施しているところも見受けられるが、看護師不足は続いている状況です。高齢化に伴い看護師の需要は高まるばかりであり、勤務形態など柔軟な対応が必要ですし、包括医療を含めて市や病院の魅力も大事ではないでしょうか。看護師の知恵を借り、看護学校との協議も有効ですし、市民を含めて看護の重要性について議論することも必要と感じています。急がずじっくり議論し意識啓発したいものです。
さて、昨日からの雪、我が家の庭先では21センチ積もりました。キャベツの苗をいただいたのですが、1週間は無理かも。
近況報告
今日は、退職した仲間を訪問し、久しぶりに近況を報告し合いました。家を改築し孫の子もりなど出費が多いとの話ですが、つつましく生活していると強く感じました。時間も忘れて話し込んでしまいますが、雪も本格的になったことから急いで帰宅した次第です。大雪にならなければよいのですが・・・
早寝早起き
天候不順が続き畑仕事を楽しみにしている人にとっては、堪忍ですね。その人とは私のことですが、明日も雨の予報となると特に遅寝遅起きになります。妻からは、朝の食事の時間を一緒にするように強く言われます。よ~し、と思い遅寝早起きをしますと夕食時には眠くなり、風呂に入りコタツに入ると気持良い睡魔に襲われ、これまた妻に叱られます。
早寝早起きは三文の徳と言いますが、規則正しい生活は、動物にとって大事なことのようです。不規則な生活は、五感を狂わせ食事も美味しくなく、感性が鈍るようです。早寝早起きをしたいのですが、なかなか定着しません。今日は、早く寝よう。それではおやすみなさい。
早寝早起きは三文の徳と言いますが、規則正しい生活は、動物にとって大事なことのようです。不規則な生活は、五感を狂わせ食事も美味しくなく、感性が鈍るようです。早寝早起きをしたいのですが、なかなか定着しません。今日は、早く寝よう。それではおやすみなさい。
明日を創りだす活動
市政この1年
江口市長は、情報通信事業及び病院建設事業について、見直しを公約に掲げ昨年の8月の臨時議会でその方向を表明されました。情報通信事業では、中止を前提に見直し、通信はNTTで行い、地デジは共聴組合で整備することを表明されました。
病院建設事業では、大学病院による市立病院の独立行政法人化(公設公営化)や指定管理者への交付金を1億円削り、大学寄付口座に基金をつくる話など、大胆な見直しを表明されました。
その後、検討委員会の話や協議会の話も出されたものの専門委員が委嘱され、見直しに向けた検討が進められています。合意形成の努力を怠り、事業見直しの当事者であるUBCや地域医療振興協会・地元医師会を専門委員会から除いたこと事態、問題の解決を遅らせ現場の声を遠ざけているとも取れてしましまう。情報通信事業では、国の補助金を何とか工面し共聴組合で整備していきますと言いながら補助金が活用できなくなると個々共聴組合の判断で進めてくださいと言う。公式の場での発言と共聴組合の質問に対しての回答文では、取り扱いが変わっており、無責任ではないかとの意見も聞かれます。
病院建設事業では、場所についても旧上中を含めた4か所から年明けに選定し、地元医師会や地域医療振興協会は利害関係者であるため委員には問題があると言いながら、1週間も経たないうちに旧上中に決め、地元医師会や地域医療振興協会との協力体制を軸として行きますと内容を変更します。発言する内容が朝令暮改に変わります。このような一連の流れを見ていますと、政策形成に必要な一貫性がなく、職員が右往左往している姿が浮かび上がります。市長の発言は、大きな影響を与えることから責任も重大です。政策の見直しは、大いに議論すべきとの立場ですが、当事者としての市民不在は、政策形成以前の大きな問題で、朝令暮改の発言が、さらに矛盾を拡大し、市政への信頼が心配されます。
病院建設事業では、大学病院による市立病院の独立行政法人化(公設公営化)や指定管理者への交付金を1億円削り、大学寄付口座に基金をつくる話など、大胆な見直しを表明されました。
その後、検討委員会の話や協議会の話も出されたものの専門委員が委嘱され、見直しに向けた検討が進められています。合意形成の努力を怠り、事業見直しの当事者であるUBCや地域医療振興協会・地元医師会を専門委員会から除いたこと事態、問題の解決を遅らせ現場の声を遠ざけているとも取れてしましまう。情報通信事業では、国の補助金を何とか工面し共聴組合で整備していきますと言いながら補助金が活用できなくなると個々共聴組合の判断で進めてくださいと言う。公式の場での発言と共聴組合の質問に対しての回答文では、取り扱いが変わっており、無責任ではないかとの意見も聞かれます。
病院建設事業では、場所についても旧上中を含めた4か所から年明けに選定し、地元医師会や地域医療振興協会は利害関係者であるため委員には問題があると言いながら、1週間も経たないうちに旧上中に決め、地元医師会や地域医療振興協会との協力体制を軸として行きますと内容を変更します。発言する内容が朝令暮改に変わります。このような一連の流れを見ていますと、政策形成に必要な一貫性がなく、職員が右往左往している姿が浮かび上がります。市長の発言は、大きな影響を与えることから責任も重大です。政策の見直しは、大いに議論すべきとの立場ですが、当事者としての市民不在は、政策形成以前の大きな問題で、朝令暮改の発言が、さらに矛盾を拡大し、市政への信頼が心配されます。
自治とは何かを問う
江口市長が進めた専門委員や選定委員の委嘱について、医師会をはじめ多くの市民の皆様から様々な意見が出されています。その背景には、行政運営について居心地の悪い違和感があるように感じています。私は、この1年の市政の運営を通して自治を担う権利と責任を持つ者は誰にあるのか。大きな疑問も感じています。選挙で一定の方向が示され躊躇しましたが、発信することに決めました。是非、市民の皆様にも当事者として、このまちの行く末について考えていただきたいと考えます。
―意思決定の在り方について―
行政における意思決定は、選挙による代議制のみならず市民参加による委員会や研究会、ワークショップ、市民会議などのように自治体でも多様な取り組みが行われてきています。情報通信事業や病院建設事業を考えても、アンケートや委員会が設置され議論されてはいますが、その進め方に、このたび疑問が出されていると考えています。それは、科学技術が進む中で、現場の作業や体験に基づく進め方、チェックが整備以上に重要になっています。そこには、科学技術の成果を人間や社会の創造に応用することと科学技術が内包する欠陥や問題への対処が常に求められていることではないでしょうか。この欠陥や問題への対処が、市外者中心の審議では、現場の作業や体験が反映されにくいことが市民の不安の根底にあるものと感じています。
この不安を解消するためには、市民との情報共有や運営への参加が重要になってきています。市長は、利害関係者の参加は、不正を生みやすいとの視点から参加をさせないとの立場ですが、利害関係者を含めて多様な市民の参加を保障し、意思決定に必要な情報を開示し、合意形成のプロセスを透明化、公開することによって、現場でなければ分からない欠陥や問題への対処が、より可能になるのではないでしょうか。UBCや地域医療振興協会・地元医師会などの抱えている課題も踏まえ、市民は、冷静に判断できると考えています。
自治とは、市民との信頼の絆を常に大切にすることではないでしょうか。私は、UBCや地域医療振興協会や医師会など多様な市民の参加を得ることによって、市民の不安に応えていく姿勢こそ市長に求められていると考えています。3人よれば文殊の知恵とも言われます。市長は、市民を含めた現場の意見をもっと大切にすべきとの意見も聞かれます。市政に、権利と責任を負うのは市民であることを分かっていただきたいと考えます。
―意思決定の在り方について―
行政における意思決定は、選挙による代議制のみならず市民参加による委員会や研究会、ワークショップ、市民会議などのように自治体でも多様な取り組みが行われてきています。情報通信事業や病院建設事業を考えても、アンケートや委員会が設置され議論されてはいますが、その進め方に、このたび疑問が出されていると考えています。それは、科学技術が進む中で、現場の作業や体験に基づく進め方、チェックが整備以上に重要になっています。そこには、科学技術の成果を人間や社会の創造に応用することと科学技術が内包する欠陥や問題への対処が常に求められていることではないでしょうか。この欠陥や問題への対処が、市外者中心の審議では、現場の作業や体験が反映されにくいことが市民の不安の根底にあるものと感じています。
この不安を解消するためには、市民との情報共有や運営への参加が重要になってきています。市長は、利害関係者の参加は、不正を生みやすいとの視点から参加をさせないとの立場ですが、利害関係者を含めて多様な市民の参加を保障し、意思決定に必要な情報を開示し、合意形成のプロセスを透明化、公開することによって、現場でなければ分からない欠陥や問題への対処が、より可能になるのではないでしょうか。UBCや地域医療振興協会・地元医師会などの抱えている課題も踏まえ、市民は、冷静に判断できると考えています。
自治とは、市民との信頼の絆を常に大切にすることではないでしょうか。私は、UBCや地域医療振興協会や医師会など多様な市民の参加を得ることによって、市民の不安に応えていく姿勢こそ市長に求められていると考えています。3人よれば文殊の知恵とも言われます。市長は、市民を含めた現場の意見をもっと大切にすべきとの意見も聞かれます。市政に、権利と責任を負うのは市民であることを分かっていただきたいと考えます。
時世
景気を反映し生活保護世帯が急増し、ケースワーカー不足が指摘されたが、どうも家庭に共通する児童相談所や福祉事務所などの業務は、数年前とは比較できないほど増えていると感じている。社会のひずみは拡大するばかりである。知人は、ある児童相談所にいるが120名、多い時は140名を受け持つこともあるとの話を聞かされ、ビックリした。今日も夜10時に電話をしたが、まだ職場にいるとの話であった。ほとんど休日も自由にならない状況のようである。市の状況が気になったが、大都市の状況は、大変な状況であると感じている。子供手当もよいが、もっと弱いところの問題が数多くあると感じている。
介護保険で救えない分野もあり、時世は、大変な状況で傍観者でいる自分が、何とも言えない気分になってしまう。何とかしたいものですね。
介護保険で救えない分野もあり、時世は、大変な状況で傍観者でいる自分が、何とも言えない気分になってしまう。何とかしたいものですね。
冷静な対応を
上野原医師会が抗議した内容は、選定委員の人選と言うより市長の「新病院建設に関する施政方針について」問題を指摘しているのではないでしょうか。先に設置された病院建設の専門委員も市民は一人も入っておらず、今回の選定委員も市外在住者が中心となっていることから住民不在を指摘したと考えている。
市の政策を進める場合、当事者である市民を中心に置いて考えることが自治の原則である。医師会が指摘したのは、市外居住者が多くを占める委員会の必要性や正当性が、どう考えても見いだせないことにある。確かに、事業の内容によっては専門的な能力や技能が必要な場合も想定されるが、あくまで参考にする程度の話である。自治に対して権利と責任を持つ者は、市民以外にはないのです。市長には、冷静な対応を望みたい。
市の政策を進める場合、当事者である市民を中心に置いて考えることが自治の原則である。医師会が指摘したのは、市外居住者が多くを占める委員会の必要性や正当性が、どう考えても見いだせないことにある。確かに、事業の内容によっては専門的な能力や技能が必要な場合も想定されるが、あくまで参考にする程度の話である。自治に対して権利と責任を持つ者は、市民以外にはないのです。市長には、冷静な対応を望みたい。
行政と市民との関係
昨年、情報通信と病院建設の検討を進める専門委員が委嘱され、そのメンバーは、すべて市外在住者で構成されている。この選定に疑問を持った医師会は、市民の意見を聞くようにと疑問を提示、要望書を市長に提出している。
今回の病院建設の業者選定では、7人の選定委員の内、3人が市民で4人は市民でない市外居住者になることが新聞で明らかにされた。これまでの市長の一連の行動を見る限り、当然の判断・行動とも言える。
ここで問われている問題は、当事者としての意識、自治とは何かという根本の問題にたどり着く。市民の参加と協働を公約の基本として掲げてはいるが、その行動は全くと言ってよいほど反比例している。
自らの家庭の出来事は、まず家族で考えることではないでしょうか。市における問題は、市民が中心となって考え行動することではないでしょうか。憲法第92条では、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて行うとされ、地方自治法を定めている。その地方自治法では、自治とは、議会や市長による「団体自治」と市民の参加と協働による「住民自治」を行うものと定義している。
ここには、責任ある当事者によって治める思想が自治の原点になっていると考えている。市外の人が赤字の病院は必要ないと言っても、そこに住む人が必要であれば、それこそが自治なのである。
また、市長の公約には、自治基本条例なるものが掲げられているが、本当に実現できるのか危惧してしまう。この条例は、分権が進む中で「地域のことは地域で考え、地域で決める」という自己決定・自己責任に基づき、市民が中心となることである。こうした動きとは、相容れない矛盾だらけ支離滅裂の行動である。情報事業もそうであるが、上野原市の流れに違和感を感じている。
今回の病院建設の業者選定では、7人の選定委員の内、3人が市民で4人は市民でない市外居住者になることが新聞で明らかにされた。これまでの市長の一連の行動を見る限り、当然の判断・行動とも言える。
ここで問われている問題は、当事者としての意識、自治とは何かという根本の問題にたどり着く。市民の参加と協働を公約の基本として掲げてはいるが、その行動は全くと言ってよいほど反比例している。
自らの家庭の出来事は、まず家族で考えることではないでしょうか。市における問題は、市民が中心となって考え行動することではないでしょうか。憲法第92条では、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて行うとされ、地方自治法を定めている。その地方自治法では、自治とは、議会や市長による「団体自治」と市民の参加と協働による「住民自治」を行うものと定義している。
ここには、責任ある当事者によって治める思想が自治の原点になっていると考えている。市外の人が赤字の病院は必要ないと言っても、そこに住む人が必要であれば、それこそが自治なのである。
また、市長の公約には、自治基本条例なるものが掲げられているが、本当に実現できるのか危惧してしまう。この条例は、分権が進む中で「地域のことは地域で考え、地域で決める」という自己決定・自己責任に基づき、市民が中心となることである。こうした動きとは、相容れない矛盾だらけ支離滅裂の行動である。情報事業もそうであるが、上野原市の流れに違和感を感じている。
試される市民力
市が進めた情報通信事業は、5億円掛かるとか、夕張市同様、再建団体になるとか、UBCは倒産するなど根拠のないチラシの内容によって、市民の中に混乱が生じ約2年工期が延び、その上、電柱敷設などに約1億2千万円も工事費が増加しました。これは表面上の金額で、そこに費やした時間や職員の数などを金額に換算すると大変な金額になる筈です。
ここにきて、市民の会の内容が偽りであることが次第に明らかになり、多くの共聴組合からも批判が出てきています。それでも、一部にはテレビは国策だから国が行ってくれるとか、UBCがつぶれる話を信じてやまない市民が居ることに、驚きを感じてしまいます。
多くの市民を偽りの情報によって先導した市民の会の役員の責任は、非常に重いと感じています。工事を進める中では、毎日と言ってよいほど、恐喝的な嫌がらせの電話が職員にも寄せられたが、私は、その電話の記録を全市民に公開していただきたいと思っている。恐らくその内容が公開されれば、市民の会の真の姿が明らかになるものと思っています。
また、情報通信事業についての賛否は、市民一人一人の置かれた状況によって意見が分かれるのは当然ですが、私が言いたいのは、情報通信事業を自らの問題として何が本当で、何が嘘なのか。自ら学び確認していただきたいと思っています。
自立しない市民には、まちの変革などできようはずはないのです。市政の何が正しくて何が正しくないのか。市民力が試されてきています。
ここにきて、市民の会の内容が偽りであることが次第に明らかになり、多くの共聴組合からも批判が出てきています。それでも、一部にはテレビは国策だから国が行ってくれるとか、UBCがつぶれる話を信じてやまない市民が居ることに、驚きを感じてしまいます。
多くの市民を偽りの情報によって先導した市民の会の役員の責任は、非常に重いと感じています。工事を進める中では、毎日と言ってよいほど、恐喝的な嫌がらせの電話が職員にも寄せられたが、私は、その電話の記録を全市民に公開していただきたいと思っている。恐らくその内容が公開されれば、市民の会の真の姿が明らかになるものと思っています。
また、情報通信事業についての賛否は、市民一人一人の置かれた状況によって意見が分かれるのは当然ですが、私が言いたいのは、情報通信事業を自らの問題として何が本当で、何が嘘なのか。自ら学び確認していただきたいと思っています。
自立しない市民には、まちの変革などできようはずはないのです。市政の何が正しくて何が正しくないのか。市民力が試されてきています。
雑感
ここ数日良い天気に恵まれ、家周辺の片付けをしました。久しぶりに筋肉を使い足や肩、首までもが痛くなっていました。数か月、力仕事をしないせいか体がなまっています。
今日は、市内のNPOを訪問し、課題や展望などを聞いてみました。市のNPOは歴史も浅く認知度もまだまだですが高い希望を持って活動していることに敬服した次第です。運営面で市民を集めて会議や講演会などを行うようですが、市の会議室の使用料が高く無料にならないかとの話もしています。
すぐれたNPOは、事務所も所有者の善意で借り、代表者の負担で運営しているのが実態のようです。市でも協働を掲げ、市民の力を活用するには、ソフト面での支援が必要なのかもしれませんね。そんな感想を持ちました。
今日は、市内のNPOを訪問し、課題や展望などを聞いてみました。市のNPOは歴史も浅く認知度もまだまだですが高い希望を持って活動していることに敬服した次第です。運営面で市民を集めて会議や講演会などを行うようですが、市の会議室の使用料が高く無料にならないかとの話もしています。
すぐれたNPOは、事務所も所有者の善意で借り、代表者の負担で運営しているのが実態のようです。市でも協働を掲げ、市民の力を活用するには、ソフト面での支援が必要なのかもしれませんね。そんな感想を持ちました。
深化する情報
送信基盤の劇的変化は、同軸ケーブルから光ケーブルへの転換で、送信される情報量の大きさが、そうした変化を起こしているとよく言われるが、どうもそれだけではないようである。光ケーブルは、管理や経営において比較できないほどの利点があるとの話を聞かされた。同軸の場合、送信間において増幅が必要なことや送信できる帯域にもかなりの制約があり、雷など電磁波の影響も多く、家など遠隔管理でも安定度が違う。また中継局も多く管理体制も大きくならざるを得ないなど光ケーブルが社会のありようを変えていく話を聞かされた。民間では、活用に向けた研究が進み、社会転換の動きが始まっているようである。
各家庭まで光ケーブルが整備されている上野原市の話をしたところビックリされていた。地デジだけに矮小化した議論には、夢も希望も湧いてこないが、情報の活用が本格的に進んでいけば、光ケーブルの優位性が際立つ思いを深くした。
情報を活かすまちづくりはまだ始まったばかりだが、5年後くらいには、市の今後を支える転換の事業になっていることを期待している。どんな道具も活かすのは、人でしょうか。
各家庭まで光ケーブルが整備されている上野原市の話をしたところビックリされていた。地デジだけに矮小化した議論には、夢も希望も湧いてこないが、情報の活用が本格的に進んでいけば、光ケーブルの優位性が際立つ思いを深くした。
情報を活かすまちづくりはまだ始まったばかりだが、5年後くらいには、市の今後を支える転換の事業になっていることを期待している。どんな道具も活かすのは、人でしょうか。
自治のかたち(4)
上野原市の人口は、この5年間で約3千人減少しています。その多くは、次代を担う若者の流失です。この先10年を想像しますと独居高齢者や空き家、区の運営、商店砂漠など大変な問題が想定されます。これは現実的な話です。人口の流失割合が、商店をはじめとした事業にも確実に影響を与える筈です。
私は、上野原市の課題を2万7千人の家族の問題として捉え、今後のまちづくりを進める必要があると考えています。温もりのある家族は、多くの人を引き付けます。どんなに豊かな自然があっても、活用できないのでは宝の持ち腐れです。
上野原市は風光明媚で多くの自然に恵まれ、東京から見ればオアシスに位置しています。農業をしてみたいと考えている方、自然の中で子育てをしたいと考えている方、ゆっくりした生活をしたいと考えている方など多くの要望に対応が可能です。それを活かす意志が家族に有るかどうかです。その意志を決定づけるものが情報です。情報は常に複製されています。私は、多くの人に曝すことによって真実が明らかになっていくものと考えています。科学者が新しい事実を発見することに似ています。
情報は、私たちが行動するもっとも重要な要素です。そこで、まちづくりを考えますと市や事業者、市民の悩みを集約し、だれでも、いつでも、どこでも入手できる仕組みが必要です。口込もいいのですが、激動する時代には、陳腐化してしまいがちです。是非、市の情報通信を活用し、新鮮な情報の共有と活用を進め市民が中心となるまちづくりを進めたいものですね。
私は、上野原市の課題を2万7千人の家族の問題として捉え、今後のまちづくりを進める必要があると考えています。温もりのある家族は、多くの人を引き付けます。どんなに豊かな自然があっても、活用できないのでは宝の持ち腐れです。
上野原市は風光明媚で多くの自然に恵まれ、東京から見ればオアシスに位置しています。農業をしてみたいと考えている方、自然の中で子育てをしたいと考えている方、ゆっくりした生活をしたいと考えている方など多くの要望に対応が可能です。それを活かす意志が家族に有るかどうかです。その意志を決定づけるものが情報です。情報は常に複製されています。私は、多くの人に曝すことによって真実が明らかになっていくものと考えています。科学者が新しい事実を発見することに似ています。
情報は、私たちが行動するもっとも重要な要素です。そこで、まちづくりを考えますと市や事業者、市民の悩みを集約し、だれでも、いつでも、どこでも入手できる仕組みが必要です。口込もいいのですが、激動する時代には、陳腐化してしまいがちです。是非、市の情報通信を活用し、新鮮な情報の共有と活用を進め市民が中心となるまちづくりを進めたいものですね。
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